クレーの学校 | autochromatics differencia

クレーの学校

クレー

レントラックジャパン
パウル・クレー

同居人が借りてきたDVDESCOLA パウル・クレー 天使の沈黙」を観る。純粋に教養的な観点から作られた伝記映画だが、その分余計な装飾が少なく、青年期から死に至るまでの時系列に沿い、芸術家クレーの創造における豊かさの秘密が忠実に紐解かれ、丁寧に綴られている。

 バウハウスでの講義の様子を紹介した箇所が面白い。クレーは問う。「単純な円と一本の直線からどのような形が創造できるか」、と。クレーは「ふたつの形がただ組み合わされるだけでは何の意味もない。それらの間に有機的な摩擦が生じなければならない」と考え、円と線を互いに干渉しあう様々な運動的状況のなかに置く。そして、それらが具体的な物体間において互いに歪形し合うその構造を、緻密に、かつ体系的に記述してゆく。クレーは、そのようにして得られた複数の構造を再び組み合わせ、次第に一個の図形へと整形してゆく。彼は、このようにして造形された記号図形を、以後、様々な観念の象徴として自身の絵画のなかに散りばめてゆく。もちろん、そうした絵画のなかへの記号の分娩それ自体も、他の諸記号との有機的な共振関係のなかにある。そして、そのなかで生じる摩擦は次第に高まり、徐々に一個の生命記号として自律化してゆく。彼の絵画のなかに現れる様々な記号的形象のすべては、こうした形態学的な運動によってその肉体を与えられ、互いに溶け合いつつひとつの生命をなしているのである。クレーの作品がどれも不思議な生命感に溢れているのは、それがこうした生命の誕生にも似た形態学的運動を自ら継承しているからである。

 クレーは、幾度も繰り返し生成の本質へと立ち返り、そこから出発する原理的な思考によって、自らの作品の展開を導いていった画家であり、しかもその歩みは決して同じ川に足を浸すことのない、その都度新たなものだった。私には哲学の傍らで研究してみたいと夢想している芸術家が何人かいるが、クレーもその一人である。特に、彼の創作ノートはいつか必ず紐解いてみたい。